紀北信用金庫——ヒノキの山と海の町で、信金は何を守っているのか
自己資本比率33.2%、預貸率23.5%。尾鷲ヒノキの林業と熊野灘の漁業に支えられた三重県南部の紀北信用金庫。極端に厚い自己資本と低い預貸率を、過疎と一次産業という土地の事情から読む。
三重県尾鷲市に本店を置く紀北信用金庫は、紀伊半島の南東部、熊野灘に面した地域の信用金庫だ。預金899億円、店舗7。三重県でも南部の、山と海に挟まれた土地に根を張っている。
この地域の顔は、何といっても尾鷲ヒノキだ。江戸時代から約400年続く尾鷲林業は、奈良の吉野スギ、静岡の天竜スギと並ぶ日本三大人工美林のひとつで、緻密な年輪を持つ高品質なヒノキは、2017年に日本農業遺産にも認定された。急峻な地形ゆえ農地は少なく、面積の約9割を森林が占める。そしてもう一つの顔が、熊野灘の漁業だ。山の林業と海の漁業——この二つの一次産業が、土地の経済を支えてきた。この土地柄が、紀北信用金庫の数字を読む鍵になる。
この信用金庫の数字で目を引くのは、自己資本比率33.2%という極端な厚みと、預貸率23.5%という低さだ。集めた預金の4分の1も貸出に回していない。なぜ、これほど貸さず、これほど資本を厚く積むのか。その答えは、山と海の町という土地にある。
まず、数字を並べる
紀北信用金庫の預金は899億円、貸出金は212億円、預貸率23.5%。自己資本比率は33.2%と極めて厚い。不良債権比率は6.28%とやや高め。
| 預金 | 899億円 |
|---|---|
| 貸出金 | 212億円 |
| 預貸率 | 23.5% |
| 自己資本比率 | 33.2% |
| 不良債権比率 | 6.28% |
| 店舗 | 7店 |
預金の4分の1も貸さず、自己資本は3割超。極端な「守りの設計」だ。
23.5%と33.2%を、山と海の町から読む
預貸率23.5%という低さと、自己資本比率33.2%という厚みは、合わせて読むと一つの経営の姿を描く。集めた預金をほとんど貸出に回さず、手厚い資本として積み上げている。典型的な「守りの設計」だ。この選択の背景には、紀伊半島南部という土地が抱える、二つの事情がある。
ひとつは、一次産業中心の経済だ。林業も漁業も、変動と構造的な課題を抱えている。尾鷲ヒノキは高品質を誇るが、林業全体は、外国産材との競争、住宅様式の変化による国産材需要の低迷、担い手の高齢化といった逆風に長くさらされてきた。漁業もまた、漁獲や相場、燃料費に左右されやすい。こうした変動の大きい一次産業に依存する地域では、旺盛な資金需要が継続的に生まれるわけではなく、貸出を大きく伸ばすのは難しい。
もうひとつは、過疎だ。紀伊半島南部は人口減少が進む地域で、新たな事業や設備投資の機会も限られる。借り手が構造的に乏しい土地では、集めた預金を貸出に変えられる範囲がおのずと狭まる。預貸率23.5%という低さは、貸す気がないからではなく、過疎と一次産業という土地の条件が映ったものと読める。あふれた預金は、有価証券などの運用に向かう。
そして、貸した相手が変動の大きい一次産業や、人口減少地域の中小事業者である以上、不良債権比率6.28%というやや高めの数字も、その土地の事情が影響していると思われる。変動と過疎という条件のもとで地元に貸すからこそ、いざというときに耐えられるよう、自己資本比率33.2%という際立つ厚みを積んできた——そう読むと、低い預貸率と厚い自己資本が、一本の論理でつながる。もちろん、これらの比率には個別の事情も絡むため断定はできないが、山と海の一次産業の町という土地を抜きに、この数字は読めない。
なぜ、こうなったのか——制度と地域
紀北信用金庫が地元に貸す信金であることの背景には、信用金庫という制度がある。信用金庫が融資できる相手は原則として「会員」に限られ、その資格は信用金庫法10条1項により、信用金庫の「地区」の中に住所や事業所がある人、その地区で働く人、と定められている。事業者には規模の制限もあり、大企業は会員になれない。
この制度のもとでは、貸す相手はおのずと地元の中小事業者や住民に絞られる。紀北信用金庫にとって、その「地元」とは、尾鷲ヒノキの林業と熊野灘の漁業を基幹とし、人口減少が進む紀伊半島南部の地域経済そのものだ。変動の大きい土地に根ざす信金が、厚い資本で守りを固めるのは、理にかなった選択といえる。
借り手にとっての意味
厚い自己資本を持つ信用金庫は、経営の安定という点では安心感がある。一方、預貸率が低めであることは、貸出に慎重な面があるとも読める。ただし、これは「借りにくい」と単純に結びつくものではなく、一次産業や過疎の地域では、いざというときにも揺らがない金融機関であることの裏返しでもある。預貸率という数字の読み方は、預貸率の読み方であらためて整理している。
数字は、土地の条件を映す
自己資本比率33.2%という際立つ厚みと、預貸率23.5%という低さは、尾鷲ヒノキの山と熊野灘の海に支えられ、過疎という条件を抱えた紀伊半島南部の事情を映している。同じ「守りの信金」でも、最北の地で守る信金、震災を経た三陸で守る信金、そして一次産業と過疎の紀伊半島で守る信金——それぞれの土地が、それぞれの守りの形を決めている。数字は、その金融機関が立つ土地が何を抱えているかを、静かに語っている。
本紀行には、同じ三重県の百五銀行も登場している。百五銀行は、明治の第百五国立銀行に名を継ぐ、県内トップの地方銀行だ。紀勢の限られた範囲で厚い守りを固めるこの紀北信用金庫(自己資本比率33.2%・預貸率23.5%)と、県全域を相手に預金の8割超を貸す百五銀行(預貸率84.9%・預金6.0兆円)とを並べると、同じ三重県でも、過疎の紀伊半島南部に根ざす信金と、産業の厚い県中北部を取り込む大きな地銀とで、規模も役割も大きく異なることが見えてくる。県内トップ地銀の姿は、百五銀行の記事もあわせてどうぞ。
各地の金融機関には、それぞれの土地の事情が刻まれた、それぞれの生き方がある。同じく一次産業の地で守りを固める宮古信用金庫や、山あいの城下町で守りを固める八幡信用金庫とあわせて読むと、土地ごとの守りの違いが見えてくる。三重県の他の金融機関は、三重県の地域金融機関のページからどうぞ。
出典:預金・貸出金・預貸率・自己資本比率・不良債権比率=金融庁「中小・地域金融機関情報一覧」令和7年3月末(預貸率は貸出金÷預金で算出)。
尾鷲ヒノキ・尾鷲林業(日本三大人工美林・日本農業遺産)および熊野灘の漁業、紀伊半島南部の地形・人口減少に関する記述=三重県・尾鷲市・農林水産省等の公開情報。木材需要の低迷・外国産材との競争・担い手の高齢化等は公知の事実。
信用金庫の地区・会員資格に関する記述=金融庁 金融審議会「協同組織金融機関のあり方に関するワーキング・グループ」資料『協同組織金融機関の「地区」のあり方』(2008年6月20日・神吉正三)。