地方から、なぜ人が出ていくのか
地方から若者が出ていくのは「仕事がないから」だと、よく言われます。けれど、本当にそうでしょうか。工場はある。商店もある。役場も、農協も、地元の会社もある。仕事は、あるのです。ないのは、外の世界で当たり前になった水準で働ける場所のほうかもしれません。大学進学で街を出ようとする、一人の高校生の目を通して、地方の働く場所が時代から取り残されていく構図を見つめてみます。
SUMMARY仕事がない、の本当の意味
「地方には仕事がない」。だから若者は出ていくのだ、と言われます。けれど、地方にも工場はあり、会社はあり、求人もあります。職の数だけを見れば、決して「ない」わけではない。それでも人は出ていく。とすれば、足りないのは仕事の数ではなく、外の世界で当たり前になった水準で働ける場所、なのかもしれません。
大学進学率が上がり、経済や経営の常識を学んだ若者が増えました。都会でその当たり前の水準を一度見てしまった人間が、それより何周も遅れた職場で働きたいと思うでしょうか。「仕事がない」の正体は、そこにあるのかもしれません。
水準が、追いつかなくなった
いまや当たり前になったはずのことが、地方の職場では当たり前になっていない——そういう場面が、確かにあります。とうに普及した業務のデジタル化が入っていない。日々の連絡が、いまだに紙と電話で回っている。外で標準になった道具や考え方が、通用しない。都会でその水準を体に入れてしまった若者にとって、そこへ戻ることは、時計の針を何年も巻き戻すように感じられます。仕事がないのではない。戻りたい水準の仕事が、ないのです。
かつてのミスマッチが、残したもの
この構図には、根の深い前史があります。就職氷河期、職を選べないほど追い詰められた世代がいました。その足元を見て、有名大学を出た若者を安く雇い、頭を使わない単純な現場作業にあてがった会社が、少なからずあったのです。学んできたことと与えられた仕事の、あまりに残酷なミスマッチ。そこには、雇う側が雇われる側に向けるべき惻隠の情が、ありませんでした。自分は損をしないと高をくくって、人を道具のように使う——それは、人を雇うという行いのなかで起きた、一つのモラルハザードだったとも言えます。そうやって安く使い潰された世代が、二度とこの土地に戻らなかったとしても、誰を責められるでしょうか。
都会から何かを持ち帰る人が、いなくなる
そして、もう一つ進んでいることがあります。かつて地方は、都会へ出た若者が、新しい知識や技術を持ち帰る場所でもありました。けれど、戻る理由がなくなれば、持ち帰る人もいなくなる。外の風が入ってこなくなった地域は、時代とともに進むどころか、内側で固まり、時代に逆行していくことすらあります。人が出ていく現象の本当の怖さは、人口が減ることそのものより、外とつながる回路が細っていくことのほうにあるのかもしれません。
COLUMNスワイプされる街
日曜の昼下がりは、いつも友達とスターバックスにいる。キャラメルの生クリームを頂いた背の高いグラスを持って、スマホを縦に構えて、ライブ配信をつなぐ。画面の向こうには、会ったこともない誰かがいて、ハートや絵文字が流れていく。そのコメントを拾って笑っている間だけ、この退屈な街から、足がふっと浮く気がする。
カウンターの向こうの店員は、みんな、どこか東京の人みたいな顔をしている。新作の名前をすらすらと言って、慣れた手つきでカップにマークを書き込んでいく。この街にも、こんな世界はちゃんとあるのだ。そう思うと、もう少しだけこの街を好きになれそうな気がして、けれどその気持ちは、いつも長くは続かない。
店の奥の、いちばん奥のテーブルに、父が座っているからだ。サンダル履きに、半ズボン。冷めたコーヒーを前に、スマホをのぞき込んだり、この街でやっている会社の考え事をしているらしい。わたしは、配信中に、その父を、決してカメラに入れない。画面の向こうの誰かに、あれがわたしの父だと、知られたくないからだ。
父を、嫌いなわけではない。悪い人でもない。朝から晩まで働いて、わたしを育ててくれた。社員の人たちだって、みんなせいいっぱい、それぞれの暮らしを背負って生きている。それは、わかっている。わかっていてなお、わたしは、その輪の中で年を取っていく自分を、どうしても思い描けないのだ。
いつだったか、夕食の席で、父が昔話をしたことがある。いい大学を出た若い人を、安く雇えた時代があったんだ、と。懐かしい事の様にいうそのときの父の口ぶりに、わたしに対して声を発するときとまるで違うその調子に、なぜかわたしは、すごく不快感を感じた。ただ、学んできたことと、やらされることが、ずれていた人たちがいたらしいということだけは、なんとなく残った。
今は二〇二五年だ。スマホひとつで、世界のどこにでもつながる。調べものも、文章を書くのも、絵を描くのさえ、手のひらの中でできてしまう。それが当たり前になった世界を見てしまったあとで、その当たり前が通じない職場を選ぶなんて、わたしには考えられない。それだけは、もう、この指が覚えてしまった。
進学で街を出ていくのは、わたしだけではない。仲のいい同級生は、みんな同じ顔をして、この街を出ていく。口にはしないけれど、父の会社にいるような人と、あるいはやがてそうなる同級生の男子と、一刻も早く距離を置きたいと、心のどこかで思っている。この街で誰かと一緒になって、この街で年を取っていく未来だけは、選ばない。それは、肌で決めてしまったことだった。
春になった。駅の改札の手前で、父は、さすがにサンダルではなかった。靴を履いて、いつもより少しだけ背筋を伸ばして、「体に気をつけて」とだけ言った。わたしはうん、と短く返して、改札を抜けた。振り返らなかった。振り返ったら、その足元に、見慣れたサンダルの跡が見えてしまう気がしたからだ。
電車が動き出して、街が後ろに流れていく。わたしは、父をカメラに入れなかったその手で、いま、この街そのものを、スワイプしたのだ。悪い人は、誰もいなかった。それでも、戻らない。戻れない、というのと、どちらが本当なのか、わたしにはまだわからない。ただ、画面に映さなかったものだけが、いつまでも、胸の一番柔らかいところに残っている。
あなたの会社は、一度出ていった若者が、戻ってきたいと思える場所でしょうか。
人が出ていくのを、街のせいや、若者の心変わりのせいにするのは、たやすいことです。けれど、出ていった先で当たり前になっている水準を、こちらが用意できているか——問いの矛先を自分に向け直したとき、見えてくるものがあるのかもしれません。外の風が入る回路を、自分の手で細らせていないか。戻る理由を、こちらから手放していないか。街に残る人を惜しむなら、まず、残りたくなる場所であることのほうを、先に問うべきなのでしょう。
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