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兵庫信用金庫——三つの信金がひしめく城下町で、兵信は何に貸すか

預貸率43.9%、不良債権比率5.26%。姫路市に本店を置く兵庫信用金庫「兵信」。同じ姫路に三つの信金がひしめく激戦の城下町で、瀬戸内沿岸に根ざす信金の数字を、播磨の産業から読みます。

ニホン銀行紀行 ・ 兵庫県

兵庫県姫路市に本店を置く兵庫信用金庫は、地元で「兵信(ひょうしん)」と呼ばれる信用金庫です。預金7,159億円、貸出金3,142億円、店舗40。姫路・神戸を中心に、兵庫県南部の瀬戸内沿岸地域を主な事業区域としています。預金7千億円を超え、店舗40を擁する、信金としては相応の規模を持つ存在です。

本店のある姫路市は、世界遺産・姫路城を擁する、播磨地方の中心都市です。播磨は古くから、皮革産業や、臨海部の鉄鋼・化学などの重工業で知られるものづくりの土地。県第二の都市である姫路には、しっかりした地域経済の厚みがあります。だが、この姫路には、もうひとつ特筆すべき事情があります。同じ姫路市内に、兵庫信用金庫(兵信)のほかに、姫路信用金庫(姫信)と播州信用金庫という、二つの信用金庫がともに本店を構えているのです。とりわけ姫路信用金庫は、1910年創業の県内で最も古い信金として知られます。三つの信金が同じ城下町でしのぎを削る、全国でも珍しい激戦地——この土地柄が、兵庫信用金庫の数字を読む鍵になります。

兵庫信用金庫の歩みは、1931年(昭和6年)の設立にさかのぼり、姫路市西部の網干(あぼし)地区などを源流としています。数字の面で目を引くのは、預貸率43.9%という控えめな水準と、不良債権比率5.26%という、やや高めの数字の組み合わせです。相応の規模を持ちながら、なぜこの数字なのか。激戦の城下町から読みます。

まず、数字を並べる

兵庫信用金庫の預金は7,159億円、貸出金は3,142億円、預貸率43.9%。自己資本比率は11.9%、不良債権比率は5.26%。中小企業等向けの貸出先は1万5,645件にのぼります。

兵庫信用金庫(令和7年3月末)
預金7,159億円
貸出金3,142億円
預貸率43.9%
自己資本比率11.9%
不良債権比率5.26%
中小企業等向け貸出先15,645件
店舗40店

相応の規模と、控えめな預貸率。三信金がひしめく城下町の数字を読む。

43.9%と5.26%を、激戦の城下町から読む

預貸率43.9%という控えめな水準と、不良債権比率5.26%というやや高めの数字。この組み合わせは、競争の激しい土地に根ざす信金の現実を示しています。

兵庫信用金庫が貸す相手は、姫路・神戸を中心とする瀬戸内沿岸の中小事業者です。中小企業等向けの貸出先は1万5,645件と、相応の規模の取引先を抱えています。播磨の皮革産業や臨海部の製造業の下請け、地域の商業・建設業、そして瀬戸内沿岸の小さな事業者が、その融資先に含まれると考えられます。播磨という、ものづくりの厚みがある土地ゆえ、貸し先となる事業者は少なくありません。

それでも預貸率が43.9%と控えめにとどまる背景には、姫路という土地の競争の激しさがあると読めます。同じ城下町に三つの信金がひしめき、さらに地方銀行やメガバンクも店舗を構える。限られた優良な借り手をめぐって、金融機関どうしが激しく競い合う。こうした環境では、無理に貸出を伸ばそうとすれば、条件の厳しい先まで抱え込むことになりかねません。預貸率を控えめに保ち、あふれた預金を有価証券などの運用に回すのは、激戦地で堅実さを保つための選択と読めます。不良債権比率5.26%というやや高めの数字は、競争のなかで地域の中小に貸してきたことの裏返しとも考えられます。もちろん、これらの比率には個別の事情や経営方針も絡むため断定はできませんが、三信金がしのぎを削る城下町という土地を抜きに、この数字は読めません。

兵庫信用金庫が示すのは、激戦の城下町で堅実さを保つ信金の姿です。同じ姫路に三つの信金がひしめくなか、播磨のものづくりに支えられて相応の規模を保ちつつ、預貸率は控えめに。43.9%という数字は、競争の激しい土地で無理をせず歩んできたことの表れと読めます。

なぜ、こうなったのか——制度と地域

兵庫信用金庫が地元に貸す信金であることの背景には、信用金庫という制度があります。信用金庫が融資できる相手は原則として「会員」に限られ、その資格は信用金庫法10条1項により、信用金庫の「地区」の中に住所や事業所がある人、その地区で働く人、と定められています。事業者には規模の制限もあり、大企業は会員になれません。

この制度のもとでは、貸す相手はおのずと地元の中小事業者や住民に絞られます。播磨臨海部には大企業の工場も多いものの、信金はそうした大企業そのものには貸せません。兵庫信用金庫の役割は、その大企業を取り巻く下請けや、地域の小さな商いを支えることにあります。同じ地区に三つの信金が併存するのは、それだけ姫路という土地に中小事業者が多く、相互扶助を担う協同組織への需要が厚かったことの歴史的な表れともいえます。狭い地区を奪い合うのではなく、それぞれの信金が長年の取引先との関係を軸に、地域経済を分かち合って支えてきた——三信金併存という姿は、そう読むこともできます。

同じ県の、もうひとつの信金と並べてみる

同じ兵庫県でも、北部の但馬地方には但馬信用金庫があります。但馬信用金庫は、カバン生産日本一の豊岡と城崎温泉に根ざし、自己資本比率22.7%・預貸率38.5%という、守りを固めた数字を持っていました。瀬戸内沿岸の激戦地に根ざす兵庫信用金庫(自己資本11.9%・預貸率43.9%)とは、同じ兵庫でも地盤の性格が大きく異なります。競争の少ない但馬で厚い自己資本を積む信金と、三信金がひしめく姫路で堅実に歩む信金。同じ県でも、北部の山と日本海、南部の瀬戸内という土地の違いが、数字の形を分けています。もうひとつの兵庫の信金の姿は、但馬信用金庫の記事もあわせてどうぞ。

借り手にとっての意味

地元に根ざす信用金庫は、地域の中小事業者にとって、身近な相談相手です。とりわけ、三つの信金が競い合う姫路では、借り手にとって選択肢が多いということでもあります。それぞれの信金が長年の取引で培った地域の事情への理解は、大きな金融機関にはない強みです。控えめな預貸率は堅実な姿勢の表れとも読めますが、それが個別の融資の可否を保証するものではありません。預貸率という数字の読み方は、預貸率の読み方であらためて整理しています。

数字は、土地の競争を映す

預貸率43.9%という控えめさと、不良債権比率5.26%というやや高めの数字は、三つの信金がしのぎを削る播磨の城下町に根ざし、ものづくりの土地で堅実に歩んできた信金の姿を映しています。競争の少ない土地で厚い守りを積む信金もあれば、激戦地で無理をせず堅実に歩む信金もある。数字は、その金融機関がどんな土地で、どんな競争のなかを生きてきたかを語ります。兵庫信用金庫の数字は、白鷺城を望む激戦の城下町に立つ「兵信」の、いまの記録です。

同じ兵庫県の阪神間には、阪神工業地帯を地盤とする尼崎信用金庫(預貸率47.7%・自己資本15.18%)もあります。兵庫県下最大の信金で、阪神の町工場を支えてきた都市型信金です。播磨の城下町に根ざす兵庫信用金庫と、阪神工業地帯の尼崎信用金庫とを並べると、同じ兵庫県でも、播磨・但馬・阪神と地盤の産業がまるで異なり、信金の数字もそれぞれの土地を映すことが見えてきます。阪神の都市型信金の姿は、尼崎信用金庫の記事もあわせてどうぞ。

各地の金融機関には、それぞれの土地と競争の事情が刻まれた、それぞれの生き方があります。兵庫県の他の金融機関とあわせて眺めたい方は、兵庫県の地域金融機関のページもどうぞ。

出典:預金・貸出金・預貸率・自己資本比率・不良債権比率・中小企業等向け貸出先件数=金融庁「中小・地域金融機関情報一覧」令和7年3月末(預貸率は貸出金÷預金で算出)。
兵庫信用金庫の沿革(1931年設立、網干地区等を源流とする)、姫路市北条口に本店を置き姫路・神戸を中心に瀬戸内沿岸地域を事業区域とすること、同じ姫路市内に姫路信用金庫・播州信用金庫が本店を構えること、姫路信用金庫が1910年創業の県内最古の信金であることに関する記述=各信用金庫および各種公開情報にもとづく。
姫路・播磨の産業(姫路城、皮革産業、臨海部の重工業等)に関する記述=各種公開情報。
但馬信用金庫の数値=金融庁「中小・地域金融機関情報一覧」令和7年3月末。
信用金庫の地区・会員資格に関する記述=金融庁 金融審議会「協同組織金融機関のあり方に関するワーキング・グループ」資料『協同組織金融機関の「地区」のあり方』(2008年6月20日・神吉正三)。

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