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代表者の給与と、銀行の与信枠の意外な関係

資金繰りが苦しくなると、多くの経営者はまず自分の役員報酬を下げます。会社を守るため、家族の生活を守るため——その判断は、人としては誠実なものです。けれど銀行の与信ロジックの上では、その誠実さが裏目に出ていることがあります。良かれと思った減給が、会社の借入余力を静かに細らせているかもしれない、という話です。

DEBT & RESTRUCTURING ・ 代表者所得と与信枠を見据えて

SUMMARY

資金繰りが詰まってくると、経営者の多くが真っ先に手をつけるのが、自分の役員報酬です。会社に少しでも現金を残すため、あるいは役員や従業員になっている配偶者・子といった家族の給与を守るために、まず社長が自分の取り分を削る。苦しいときは社長が身を切る——それは長く美徳とされてきましたし、姿勢としては正しい。けれど、銀行の与信の世界では、その一手が思わぬ副作用を生むことがあります。

銀行は、会社の数字だけを見ているのではありません。代表者個人の所得——つまり役員報酬の水準を見て、与信枠を設定している面があります。社長が自分の給与を下げると、銀行から見た代表者の信用力が落ち、与信枠そのものが削られている可能性があるのです。

会社を守るつもりで取った行動が、めぐって会社の借入余力を細らせている。これが、気づかないうちに自分で自分の首を絞めている、という逆説の正体です。融資の現場で実際に何が見られているかを知らないまま減給を続けると、いざ運転資金を相談したいときに、枠がもう以前ほど残っていない、という事態が起こり得ます。

お金の「出どころ」を組み替える

では、どうするか。打ち手は、家族を「会社からの給与」で養うのをやめ、その雇用をいったん解いたうえで、経営者自身の役員報酬を元の水準に戻すことです。そして家族は、経営者個人の所得——いわばポケットマネーから養う。会社から出ていく給与の総額は大きく変わらなくても、お金の流れを「会社→家族」から「会社→代表者→家族」へと組み替えるだけで、代表者個人の所得が回復します。その結果、銀行から見た代表者の信用力が戻り、与信枠が改善することがあります。

削るべきは社長の給与ではなく、お金の流れ方そのものかもしれません。同じ金額が会社から出ていくのでも、それが「代表者の所得」を経由するか否かで、銀行から見た代表者の信用力は変わってきます。まとまった支出を精査し、何を削り何の出どころを変えるかを決める——これも、主導権を手放さずに進める再建の一手です。

ただし、家族の雇用をどう解くか、役員報酬をどの水準に戻すかは、税金や社会保険の負担にも直接はね返る論点です。所得が増えれば個人の税負担は変わりますし、扶養や保険の扱いも動きます。お金の出どころを組み替えるという発想そのものは有効でも、実際の組み方は税理士や金融機関と相談しながら決めるのが安全です。

注意:与信枠の判断は金融機関ごとに異なり、役員報酬の水準だけで決まるものではありません。「給与を戻せば必ず枠が戻る」とは言えず、あくまで改善の可能性として捉えてください。家族の雇用解消や役員報酬の変更は税務・労務に影響します。実際の進め方は、取引金融機関や税理士・債務整理に詳しい専門家にご相談ください。本記事は考え方の整理であり、結果を保証するものではありません。

COLUMN

その経営者は、自分の役員報酬を真っ先に削った人だった。会社の数字が傾き始めたあの月、彼が最初に下したのは、自分の取り分を半分にするという決断だった。社員の給与には指一本触れさせない。妻にも、役員として長年支えてくれている妻にも、これまでどおりの給与を渡す。守るべきものの順番は、彼の中ではっきりしていた。自分が、いちばん最後でいい。

その判断を、彼は一度も悔いたことがない。むしろ、ささやかな誇りですらあった。苦しいときに真っ先に身を切るのが、経営者というものだろう。自分の背中で、家族と社員を守る。その姿勢こそが筋だと、信じて疑わなかった。事実、彼は誰よりも質素に暮らした。古くなった車に乗り続け、付き合いの酒も断り、自分のために使う金を、限界まで削り落としていった。

だから、その担当者の何気ない一言が、しばらくのあいだ、彼の頭から離れなかった。

運転資金の相談に出向いた、いつもの面談の席でのことだ。担当者は決算書を静かにめくりながら、ほとんど独り言のように、こう漏らした。社長、ご自身の報酬、ずいぶん下げていらっしゃいますね、と。咎める口ぶりではまるでなかった。ただ、その視線が、会社の損益の数字ではなく、彼個人の所得が記された一欄に、思いのほか長くとどまっていた。その数秒の沈黙が、なぜか後々まで気にかかった。

帰り道、彼はその意味を反芻した。銀行は、会社の決算だけを見ているのではないのかもしれない。代表者個人が、年にいくら稼いでいるか。その数字もまた、与信の判断のどこかで、静かに値踏みされているのではないか。だとすれば——自分が誇りとともに削り続けてきたこの報酬は、銀行の目に、いったいどう映っていたのだろう。身を切る誠実さのつもりだったものが、もしかすると、代表者の信用そのものを細らせる行為として、帳簿の外で記録されていたのではないか。

考えてみれば、奇妙なねじれがそこにあった。彼は、会社を守るために自分を削った。だが削ったことで、守りたかったはずの会社の借入余力が、じわじわと痩せ細っていたのかもしれない。そこまで思い至って、彼の中で何かがほどけた。これまで彼にとって、苦境を抜ける道はただ一つ、どこをどれだけ削るか、それしかなかった。痩せ我慢の先にしか出口はないと信じていた。けれど、ほんとうに問われていたのは、削る量ではなかったのかもしれない。自分という一点を細らせれば細らせるほど、かえって何かが裏目に回っていく。だとすれば、削るのとはまるで違う種類の判断が、どこかにあるのではないか。手をつける場所を、量ではなく、お金がたどる道筋のほうへ移してみる——そんな発想が、これまでの彼の頭には、ついぞ浮かんでこなかったのだ。

彼を縛っていたのは、たぶん、あの誇りだった。もう削れるものはない、自分は限界まで切り詰めた——その自負が強ければ強いほど、削るのとはまったく別の発想が、視界に入ってこなくなる。問題は、これ以上どこを削るかではなかったのかもしれない。同じだけのお金を、どの経路で流すか。削ることばかりに凝り固まっていた目を、流れそのものの設計へと振り向けられるかどうか。そこに、彼がついぞ見落としていた一手が、静かに伏せられていた。

もちろん、報酬をどの水準に戻すか、家族の働き方をどう変えるかは、税の負担や社会保険の扱いにも、まっすぐ跳ね返ってくる。思いつきで動かせるものではないし、相手の金融機関がそれをどう評価するかも、最後はその銀行の判断次第なのだろう。彼にできるのは、税理士や金融機関とともに、その経路を一本ずつ慎重に引き直していくことだけだ。

それでも、あの面談の帰り道に芽生えた問いは、彼の中で消えることがなかった。自分は長いあいだ、削ることそのものを誠実さだと思い込んできた。けれど本当の誠実さとは、削る痛みにただ耐えることではなく、何が会社のためになるのかを、握りしめた思い込みを一度外して見つめ直すことだったのかもしれない。自分がいちばん最後でいい——その美しい覚悟が、ただ一つだけ、彼の目から見えなくしていたものがあったのだ。

役員報酬と与信枠の組み替え、経営者保証や個人保証の解除といった局面では、債務整理に詳しい弁護士・司法書士や、税務に詳しい税理士への相談が、選択肢を狭めないための近道になることがあります。 債務整理の専門家に相談する

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